201185日  第1子 女の子 3126g  自宅出産  Tさん

 

妊娠が分った時、私も彼も「産むのは家だな」

言葉に出すまでもなく思っていることは一緒でした。

 

家も定職も持たず、気の向くときに気の向いた土地に行き、

季節労働をして暮らしていた私たち。

 

何故か不思議なことに、赤ちゃんが私のお腹にできる半年前から旅中、出逢う人に自宅出産や自然分娩の本を

プレゼントされたり、出逢う家族の多くが自宅でのお産を体験されていたりと、今思えば前兆だったのかな?とも思え

てしまう程、よくお産についての体験談を耳にしていました。

皆、口をそろえて言うのが、「病院だと、産まれた後、家族みんなでずっと過ごせないからなぁ。

家で産めたら本当にずっと一緒に居られていいよ」と言う声。

 

さて、妊娠が分った時の次の目的地は未定。たまたま彼は沖縄での仕事が決まっており、

取りあえず私は地元である鳥取へ帰りました。家で産みたいけど、それにはまず出張し

てくれる助産院を探さなきゃ!と、色んなところを当たってみるも、鳥取では見つからず

結局、検診の為に病院に行くことになりました。

総合病院でしたが、カンガルーケアやフリースタイル、ソフロロジー、何でも有りです。と言われたけど、どこまでやら

せてくれるのか疑念がぬぐえず「やっぱり家がいいなぁ」と諦めきれない状態で23週まで過ごしていました。

 

彼の仕事が終わり、沖縄から帰って来たところ、ようやくマリーンバースさんと出逢いました。電話で予約をして訪れて

みると、たくさんの緑の中にある助産院で、出張もして頂けるとのこと。「もうここしかない」と思いました。

 

それからは神奈川へ引越し、順調にマタニティライフを過ごして、37週へ突入!!

「早く赤ちゃんにあいたい!!」となるべくガンガン体を動かしていた私は、8月予定だけど、7月には出てきてくれるハズと

初産なのに甘く予想していました。

 

   中略

 

39週 散歩を終え床につくとすぐに眠気におそわれ寝てしまいました。

しかし!!一時間半後に痛くて目が覚める。何となく「これはキター!」とゆう確信が湧いてきて、時計を見ると約5分間隔。

でも痛みがバラバラだった為、海内先生に連絡するのは、朝になるまで待ってみることにしました。

そわそわした気持ちになってきましたが、落ち着いて、もう一度イメージトレーニングのおさらいの為、横になり合わせて

瞑想してみました。

 

午前3時、落ち着きを取り戻し、陣痛さんの合間に雑巾がけしてフトンにブルーシートを、クッションにもカバーをかけ、

掛け布団も丸めてカバーして、大きなクッションに。後々陣痛さんが強くなって、クッションをいっぱい作っといて良かった

と思いました。  ヨガをしながら朝までの時間を過ごし、朝になって彼を起こして、先生に連絡。

まだ余裕もあり、彼とふざけてみたりしていると先生がいらして内診をしてもらうと、その後一気に陣痛が強まり、笑えなくなる。

途中お風呂に入らせてもらうと、痛みがとても楽になり、深く呼吸できました。

 

赤ちゃんが出た瞬間、ビックリするくらい一瞬で苦しい痛みから開放されて、とてもスッキリしたのと、胸に渡された赤ちゃん

の重みと温度に驚き、感動し、達成感と喜びで、疲れもフッ飛ぶようでした。胸に抱いた我が子をみつめながら、こんなに

愛しい気持ちは初めてだなあ、と幸福感いっぱいになり、彼も私が助産師さんのケアを受けている間中、嬉しそうに赤ちゃん

に話しかけていました。

 

最後いきむ時、海内先生が「おしっこもうんこも全部出す気でいきんでいいのよ!」と言っていて、なんかカッコイイな、

と後になって振り返っています(笑) 希望通りの彼と私の自宅出産を見事に叶えて頂きました。病院ではいくらパートナーに

立ち会ってもらっても、こんなにパートナーシップは感じられなかったのではないかと思います。海内先生や他の助産師さん

たちに支えられて、彼と私と赤ちゃん3人力を合わせて家族になれた、とても素敵なお産ができて感謝です。

それに、彼のお義母さんも急遽立ち合ったのですが、とても喜んでいました。

 

心残りは海内先生お手製のいろいろを、マリーンバースのおいしそうなご飯を食べてみたかったなということです。

 

でも彼は産まれた瞬間からずーと赤ちゃんと一緒に居られてとても嬉しそうです。

 

本当にありがとうございました。

感想NEXT    トップページ